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言葉と体験と教育と...

2010年01月21日
最近、研究室の学生に対してきつく注意してしまうことがあります。
というよりは、少しはきつく注意できるようになった、と言うべきでしょうか。。
怒るのが得意でない私にとってはよい兆候なのかもしれません。

でも、次につながるように注意するのってなかなか難しい。
しかも注意された学生の能力を最大限に引き出す怒り方は、それぞれの学生によって違うのですよね。

先日、学生に注意や励ましを含めた説明をしているときに、話しながらおもしろいなと思ったのは、
今の私から出てくる言葉が、これまで自分が先生や先輩からいただいてきた言葉を咀嚼したもの、
つまり自分の体験そのものだということです。
だから私の言葉は、私と同じような感覚の人にとっては、私と同じように体験できるだろうけれど、
私と違うタイプの人には響かないのかもしれない。
いろいろな学生それぞれに対する言葉を発するためには、その学生がどんな風に感じるのかを
私も一緒に体験して、体験のバリエーションを増やす、経験、ということなのでしょうか。

よくわからない文になりましたが、
教育する側になっていく自分を考えてみました。
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