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職業とイメージ.

2009年06月17日
だいぶ前のことですが、友人の結婚式の帰りにタクシーに乗ったときのこと。
運転手さんと話しているとどうも勘違いしているようです。
「おたくみたいな仕事をしている人は・・・」というようなことを言っていて、
どうやら服装から私がキャバクラで働いていると思っているようでした。

興味があったので、 そのまま訂正せず聞いていると、
(運転手さんごめんなさい、この状況を観察するのが楽しくて・・・)
そんな風に決めつけて失礼だなと思うような質問もされて、軽蔑とまではいかなくても
なんとなく見下されているような感覚がしました。

本人よりも職業に対するイメージから、あまり知らないその人自体を
無意識のうちに上にも下にも評価してしまうことってあります。
なぜなんでしょう。
逆に、自分の職業はこう評価されて当然、と思っている人もいるかもしれません。


映画My Fair Ladyでオードリー・ヘプバーン演じるイライザが言った印象的な言葉があります。

「レディと花売り娘の違いはどう振舞うかではなく、どう扱われるかです。」
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相手と自分は違う.

2009年06月11日
先日、親しい友人宅へお邪魔し、久々に夜中までたくさん話しました。
その日の結論は
「話が通じる人は意外と少ない」ということ。
これは、相手の理解能力が劣るといったことではなく、
ものごとに対する「ものさし」が人それぞれであり、ただ「違う」というだけのこと。

この当たり前のことを実感を持って感じるようになったのは20代に入ってからなのですが、
なぜ20代に入ってからなのか考えたことがありました。
それは、高校、大学、というコミュニティの中で、それまでは無意識のうちに
自分の周りにいる人を選んでいたからだと思います。
気の合う友人とだけ話していればよかったのです。
だから小さなコミュニティの中では、最初苦しんだ時期がありました。
相手の言う内容や態度は、自分も受け入れられるものと思っていたのにそうではありませんでした。
自分から相手へも同じです。

「違い」があるということを認識しておくことは自分にとって救われることであるし、
この人すごいわと素直に思えることでもあると思います。
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音と風景のリンク.

2009年04月24日
徒歩で移動中はときどきpodcastを聞いています。
一度聞いた内容をもう一度聞いたとき、
一回目に聞いたときの風景がフッと思い出されます。

あまりに鮮明に思い出すので不思議です。
そのときに考えていたことまで思い出すこともあったり。
脳の中で音と風景がリンク、というかミックスされているのだなぁ。
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英語の発音.

2009年04月22日
英語圏でない人が話す英語の発音のなまりは、かなり聞き取る難易度が高いと
最近実感しています。
最近、なまりのある方と話す機会が多いのですが、簡単な単語も聞き取れないのです。
「Pardon?」と何度も聞いて、なんだそのことかぁ~となることが多々あります。
もちろんその方にとっては日本人が話す英語も日本語っぽくて「??」となっていると
思います。お互いの発音が違うだけ。
(私の場合発音の前に、言葉がなかなか出てこないのですが。)
なんだかちょっとお互いストレスを感じてしまうのです。

以前アメリカからショートステイで来た学生としばらく一緒に実験しましたが、
彼は私の下手な英語をくみ取って理解してくれたので
もしかしたらすごくストレスを与えていたのかな、と思いました。

英語を勉強するとき、どうしても発音は二の次になってしまうのですが、
公平な議論をするためにも、相手にストレスを与えない最低限の力を身につけたい
ものです。
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自分の言葉で話す.

2009年04月20日
何かを述べるときに、「自分の言葉」で言うということは案外難しい。

けっこう前のことだが、NHK大河ドラマ「天地人」第一回で
幼い樋口与六(のちの直江兼続)が、雲洞庵の住職である北高全祝から
「言葉が続かぬのは人の言葉を鵜呑みにして語ろうとするからじゃ。
どうじゃ。まだ出ぬか、真の己の言葉が。」
「人の言葉を己の言葉として受け売りしおったな。」
というお言葉を受けていた(詳しいセリフはこちらの数々のブログを参照ください)。

指導教官だった先生も学生に「自分の頭を通して話しなさい」とよくおっしゃっている。

とっさの議論中、自分の言葉として出てくるのは、
自分の血となり肉となった知識や考えだけである。

研究活動においても、浅くインプットして浅くアウトプットしてしまうことがある。
一番恐ろしいのは、理解して身につけた気になってしまうこと。

「それは本当に自分の言葉か?」と常に自分に問いたい。
感じたこと | Comments(0) | Trackback(0)
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